秩序の敏感期

0~3さいの力

敏感期とは?

3歳までの主な敏感期

ものを置いてある場所や、何かを行う場所にこだわる。
何かを行う順番が、いつも決まった通りでないと気が済まない。
ともかく「いつもと同じことにこだわる」時期が、秩序の敏感期です。
秩序感」と言う言葉で表現される場合もあります。
これも大人と子供の違いの1つで、私たちにはどうでも良いことが、子供にとっては人生を左右するような大きな出来事のようです。
(敏感期を過ぎた大人にはもうその感受性が無いので、理解できないのです。)

秩序感は3種類の異なる性質において認められます。
①外界への秩序感
②体内の秩序感
③精神的秩序間です。

1.外界への秩序感

生後数ヶ月もすると、子供の中に秩序への敏感な感受性が芽生えてきます。
それは2歳から3歳をピークとして次第に消えていき、6歳ごろには完全に失われてしまう特別の感受性です。
次のような例をあげれば、誰でもすぐ同じようなことが思い浮かび、子供の秩序感に気づかれるでしょう。

マリアモンテッソーリ自身が「幼児の秘密」の中で述べている、秩序感に関する箇所を見てみましょう。

家庭のささやかなシーンです。
主な登場人物はほぼ6ヶ月の女の子です。
ある日、育児室、つまり女の子がいつも暮らしている部屋に、1人の女性が訪れてきて、日傘をテーブルの上におきました。
女の子は興奮したようでした。ただしその女性にではなく日傘にでした。
と言うのは女の子は長い間日傘を見ていた後で、泣き出したからです。
女性は女の子が日傘を欲しがっているのだと解釈して、急いで日傘を女の子のそばに持っていきました。
そして人々がいつも子供にするようにニコニコ笑って優しくなでました。
しかし女の子は、日傘を拒否して相変わらず泣き叫び続けました。
このような場合、人々は他にも似たような試みをしますが、子供は前にも増して激しく興奮します。どうしたら良いでしょう。
これがほとんど生後すぐから現れる、極めて早期の「駄々」の1つです。
このシーンではたまたま女の子の母親が登場しました。
その母親は今、私たちが話題にしている精神的な現象について、多少の知識を持っていました。
そこで日傘をテーブルからとって、隣の部屋に持っていきました。
子供は途端に静かになりました。
苦痛の原因は、テーブルの上の日傘にあったのです。
つまり女の子が見慣れている、ものが秩序ある位置に置かれている絵を、そこにあるべきではないものが乱暴に乱したのです。
それは女の子が記憶しなければならない絵でした。

同じものが同じ場所に同じようにあると言う秩序に子供が敏感である事は、その秩序が崩れることによって、子供が不機嫌になる例からよく認めることができます。

例えば
食卓でパパが座る場所に、おじいちゃんが座ると大変怒ったり、
お風呂ではここで洗うのだと言い張って、少しでも違った場所で洗おうとしようとものなら泣きわめく、などです。

これを書いていて、このブログを書いている私も、娘とモメた例を思い出しました。
娘が2歳くらいの頃、お風呂に入って、出る時、いつもお風呂の滑り止めマットの両面を流して、お風呂の蓋の上に立てかけるのですが、たまたま、裏側に少しカビが出ているのを見つけてしまい、その日は裏を表側にして立てかけたのです。
そうしたら、娘が、”マットの裏表が違う”と怒るわけです。
「裏側も乾かさないとカビが生えるから、今日はこっちを表にするんだよ」と説明しましたが、納得してくれず、でも私はカビが生えるのが嫌だったので、「これでいいの!」と平行線…。
最後は、「そんなに戻したいなら自分でやれば!」と、
出来ないのを分かっていて言い放ってしまいました。(ごめんなさい><)

今思えばあとでこっそり裏返せばよかったのです。
寝る前ってどうしても心に余裕がなくて、感情的になりやすいですよね…。反省&後悔です。

もう一つ例をあげましょう。
もう少し大きい、1歳半の男の子の例です。
私(モンテッソーリ)が少人数のグループと一緒に、ナポリのネロの洞窟を散策したときのことです。
グループに男の子を連れた若い母親がいました。男の子はまだ小さくて、丘を丸々1つ分超えていく地下の道のりを歩けそうにありませんでした。
実際に男の子はしばらく歩くと疲れてしまって、母親が腕に抱きました。
でも母親のほうも自分の力を過信していました。汗をかいたので、立ち止まってコートを脱ぎました。そしてコートを腕にかけて、そのまま子供を抱きました。すると子供が泣き始めました。
鳴き声が大きくなってだんだんに耐え難くなりました。
母親がなだめようとしましたがだめでした。母親はなすすべがなくなって自分もイライラし始めました。
グループのみんなも困って当然のことながら助太刀を買って出ました。
しかし子供はみんなの手から手に渡されてますます興奮するだけでした。泣きやませようとしてみんなが大声を出すので、状況がますます悪化しました。
母親の手に戻すしかありませんでした。
しかし今や「駄々」と呼ばれる物の頂点に足しているようで、状況は本当に絶望的だと思いました。

そこで私たちのガイドも乗り出して、たくましい両腕の中に男性の力で子供をがっちりと抱きしめました。すると子供は本当に乱暴に暴れ始めました。
私はそれを見てそのような反応には常に子供の精神的な感受性と言う心理的な原因があると考えました。そこでちょっと試してみることにして母親に近づいていました。
「コートを着るのをお手伝いさせていただけませんでしょうか?」
母親はびっくりして私を見ました。まだ暑かったからです。でも困り果てていたので私の求めに応じて再びコートを着ました。
その瞬間に子供は泣きやみました。涙と興奮もおさまりました。
そして幼児言葉で何回も「コート、肩」と言いました。
「コートを両肩に」と言いたかったのです。そうですママはコートを両方に羽織らなければならなかったのです。
子供は「やっと僕の言うことをわかってくれた」とでもいいたげでした。母親に腕を差し出して、母親の両腕の中でニコニコしていました。散策はとても平穏のうちに終わりました。

コートは両肩に羽織られるべきものです。ボロ布のように腕にかけられるものではありません。母親という人間におけるその無秩序が、子供を不安にさせる葛藤の原因になったのでした。

確かに、こういうことってありますね。
うちの子は、真冬でも半袖しか着てくれませんでした。
よその子は、暑くなってもコートを着ていました。
2着の服しか着ないまま、季節が変わってゆく子もいました。
…これも秩序感の現れなのでしょうね^^;

服は毎日着るので、子供の愛着もわきやすく、よくママ同しでも話題になりました。
かならず上下とも色を合わせなければすまない、というのもよくあります。全身まっピンク!、全身まっ黄色!、とか柄の組み合わせがチョット…(恥)とか。
親としては恥ずかしくて、いつも清潔で、オカシクない格好をしていて欲しいのですが、このくらいは多めに見てあげたほうが良さそうです。

この記事の参考図書

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小さいものへの敏感期 | Baby Mobile 公式サイト

[…] 大人が見過ごしてしまうような小さなものに対して、強い感受性を示す時期が、確かに3歳位までの間に出てきます。秩序の敏感期と同じように、この敏感期も大人にとっては「どうでもいいでしょ」の一言で片付けられる危険があります。しかしこの時期の子供が、環境内の小さな対象に(時としてその対象はあまりに小さすぎて、私たちの目に入らないことさえあります。)魅力を感じて惹きつけられるのは紛れもない事実です。 […]

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