小さいものへの敏感期

0~3さいの力

敏感期とは?

3歳までの主な敏感期

大人が見過ごしてしまうような小さなものに対して、強い感受性を示す時期が、確かに3歳位までの間に出てきます。秩序の敏感期と同じように、この敏感期も大人にとっては「どうでもいいでしょ」の一言で片付けられる危険があります。
しかしこの時期の子供が、環境内の小さな対象に(時としてその対象はあまりに小さすぎて、私たちの目に入らないことさえあります。)魅力を感じて惹きつけられるのは紛れもない事実です。

葉の裏に見つけられた蝶の卵にじっと見入っている子。
しゃがみ込んで巣から出てくる小さなアリを見続けている子。
部屋の片隅に小さなビーズが落ちていることに気づいている子。
靴箱の角にいつまでも小さな砂利が一個、掃除されないままに残っていることに気づいている子。
先生のエプロンのボタンを留めてある糸がほつれそうになっていることが気がかりな子。

大人はこれまでにあまりにも多くのことを経験してきていて、ある種の枠組みのようなものを持っているのでしょう。その規制の枠の中で全ての物を処理しようとするので、枠に必要ないものは無意識のうちに感じないようになってしまっているようです。しかし、子供にはまだその枠がありませんから、私たちとは違った感じ方ができるのでしょう。子供にとっては、この世の中は新鮮な驚きでいっぱいなんでしょうね。

ウチの娘はこれがとても長かったです。
0歳くらいから、クッションの毛玉とか一生懸命取ろうとしたりしていて、
洗濯したときに服に付いてくる小さい、灰色のホコリの毛玉(?)を拾って来ては私に見せる時期があり、「小さいものへの敏感期」なんだなあ〜と思っていましたが、3歳をだいぶ過ぎてもやっているので、(これ、一体いつまで続くんだろう…汗)と、と思っていました。
毎度ホコリ玉を渡されて、目の前で捨てる訳にもいかず、とりあえず「ホコリバンク」と名付けた容器に入れていましたが、ほとぼりの冷めた頃にこっそり捨ててしまいました。
そのあと、5歳になっても時々、ホコリバンクの事を聞かれましたが、ごまかしてしまいました。^^;
娘は6歳の今でも小さいものが好きです。
でも、さすがにホコリを見せに来ることはなくなりました。

小さいものへの感受性、私自身の記憶にもあります。
私は幼少期の記憶はあまり残っていませんが、
保育園の記憶で、
「卵か生まれたばかりの、たくさんのカマキリの赤ちゃん。」
「床の隙間に挟まった赤いビーズ。」
今でも鮮明に、美しく、脳裏に蘇ります。
この敏感期が、何の役に立っているのかはナゾです…。
(だれか、詳しい方がいたら、教えてください。)

きっと敏感期だったのだろうという記憶がもう一つあります。
小学校に上がる時、母親がうわばきに私の名前を書く時の運筆の映像がやけにハッキリと記憶に残っています。きっと、「文字(書く事)の敏感期」だったんだろうなあ、と思います。

追記
「小さいものへの敏感期は何の役に立っている(何を獲得する)のだろう?」
と疑問に思っていましたが、
視覚能力は3~6歳で急激に発達するとのことなので、視覚の発達に貢献していて、「見る」喜びの現れなんだなあ、と気がつきました。

私は、小さいものへの敏感期は、
娘の現実と自分の幼少期の記憶の両方ともをみて、
3歳まで、というよりは3~6歳の方が現実と一致している気がします。

この記事の参考図書

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